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Tsushima Is.

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Tsushima

シイタケ

「対馬のサステナビリティ」を、「対馬が対馬らしくあり続けること」と考えて、植生の変化を基盤に森林資源の利活用、生物多様性保全の視点からせまります。

 

このページのコンテンツ

持続可能な原木シイタケ生産のための基礎調査

  シイタケの島

  A地区との出会い

  補助金に欠けていたもの

​  生存株と枯死株を分けるもの

​コラム

シイタケ生産と希少動植物

​ 対馬は大陸と日本列島の間にある離島です。地理的に重要な位置にあることから歴史上の大事件もたくさん起こっています。そんな対馬は山がちで平地に乏しく,木庭(こば)と呼ばれる焼畑が生産の主な手段でした。

 しかし,日本の他地域と同様に,対馬の焼畑も数を減らしていきます。詳しく調べる必要がありますが,高度経済成長期の産業構造,生業構造の変化の一端ではないかと考えています。対馬において,焼畑跡地の利用は大きくわけて2つあります。

シイタケの島

 ひとつは林業地としてヒノキやスギを植えるもの。そしてもうひとつがコナラやアベマキを植えたり,在来のものを残したりしてシイタケ原木として利用するもの。いまでも,自生するノグルミやスダジイが原木として使われることがありますが,生産されるシイタケの質や量を考えるとコナラ・アベマキ・クヌギがよく利用されます。ここでは、これら3種をあわせてブナ科落葉樹とします。

 ブナ科落葉樹は生長が速く,伐採にも強いためシイタケ原木林は伐採後15年ほど放置することで再利用が可能でした。仮にシイタケ生産が興隆する1955(昭30)年から私が調査した2015年頃までを考えると,15年のサイクルで4回の利用ができる計算になります。その間,スプリンクラーなどの器械整備が充実したり過疎化による人手不足の傾向がみられるようになったりしたものの,原木林の利用としては持続可能な利用がなされていたといえます。対馬のシイタケは「どんこ」と呼ばれる肉厚のもので,島外へは主に乾燥シイタケとして出荷されますが,とれたてを焼いたステーキはそれだけで絶品料理です。

 さて,2000年台後半から,対馬ではシカやイノシシの増加が深刻化してきました。それはやがて眼にみえる形となって現れ,集落の周りであっても夜間自動車を走らせるとあちこちに目が光っているサファリランドへと変貌しました。農作物への被害も増えていきました。

 住民たちが農作物被害軽減に奔走するなか,シイタケ原木林では重大な問題が起こっていました。ブナ科落葉樹の株が枯れていったのです。原因はシカによる萌芽枝への食害でした。しかし,従来は伐採後のシイタケ原木林に対しては管理など必要もなく,伐採後は放置するだけでよかったので、対応は遅れました。

 対馬市役所には全国でも珍しい農林シイタケ課がありますが,当時(2014年)シカ食害による枯死は真剣に取りあってもらえないほどでした。実はこの時点で,長崎県ではシイタケ原木林への獣害対策費用をカバーする補助金が用意されていましたが,被害が深刻なはずの対馬市では申請者がゼロという状態でした。経済学的に考えれば補助金を厚くすれば利用者がつき政策が動く,と思われがちですが,問題が認識されていない状況ではいくら補助金をつけたところで動いてはくれないことを学びました。この状況を打開するためには,基礎調査によるデータを示すことが必要があると感じました。

A地区との出会い

 現場とつながる必要性を感じた私は,知り合いのいたS地区のシイタケ農家さんの作業に同行させてもらいながら原木シイタケ生産の基礎を学びました。一方で森林組合や農協などを訪問し,お話を聞いたり資料を集めていました。半年近く経った9月頃,農協の方からA地区のシイタケ農家さんが次年度の獣害対策補助金を申請されるらしいという情報を得ました。早速会わせていただくようお願いし,A地区を訪問しました。

 A地区に入ると驚くべき光景が広がっていました。どこの地区でも当たり前だった獣害防止の柵(いわゆるワイヤーメッシュ)がありません。かねてより、なんだか檻が並んでいるようで景観としてはイマイチだなと思っていた私は,それだけでこのA地区が好きになりました。その秘密は地区全体を囲むように張られたワイヤーメシュでした。いまではこうした方法は「集落防除」として各地で定着していますが,A地区では1人のシイタケ農家さんの発案と実行力で実施されたと聞いて、また驚くことになりました。この農家さんをKさんと呼ぶことにします。Kさんはシカによるシイタケ原木林の変化にいち早く気づいていたひとりでした。そして,次年度の獣害対策補助金の申請者でもありました。私の研究のねらいをお話しするとご協力いただけることになりました。調査のための家や車も貸していただけることになり,A地区を拠点とした調査研究を始めました。

 私はまずKさんが過去に伐採された原木林を見て歩きました。樹種構成や斜面確度,斜面の方角が似た4つの伐採地がありました。それぞれ,伐採から7年,4年,2年,1年が経過していました。7年経過したものは地面が見えないほど萌芽が茂っており,高いものでは3mを超えた立木となっていました。4年経過した斜面は枯死した株が目立ち,斜面を下から見上げると歯抜けのようになっていました。生き残った株も萌芽枝は短いものが多いことがわかりました。2年,1年の伐採地では枯死株はなかったものの,2年経過した伐採地では萌芽枝にシカの食害跡があり,確実に被害を受けていること,4年経過した伐採地での株の枯死が食害である可能性が高いと考えました。

補助金に欠けていたもの

​ この4つの伐採地に通う日々が始まりました。冬になって葉が落ちても,生存している株の萌芽枝は生き生きとしており,曲げるとしなやかに反発して戻ります。一方、枯死している株の萌芽枝は折れてしまいます。このように生存している萌芽枝の有無をもって枯死株と認定されたものは,30%以上となりました。

 シカ食害対策を施さずにシイタケ生産を続けると7年の間に3割ものブナ科広葉樹が枯れていく可能性を示しています。今後,獣害対策は必須といえるでしょう。しかし獣害対策は大きなコストです。経済的にはワイヤーメッシュなどの費用などの半分を補助金がありますが,実際にネットを張り,維持管理するには農家の労働負担が不可欠です。さらに,シイタケ農家の施業暦を考えると,補助金交付の条件とされる「伐採後速やかに」ネットを張ることは非常に難しいといえます。その理由は,伐採直後は原木を伐採地で乾燥させ、しばらく経ってから玉切りし搬出するため,その作業が終わるまでは伐採地をふさぐことはできません。また,搬出のあとも多くの作業が山積しており,ネット張りを行うことができません。これまで必要のなかった作業を追加的に行う必要があるためより大きな負担と捉えられていると考えられます。実際に,私もネット張りを行いましたが、重いネットを持って斜面を登るなどかなりの重労働でした。防獣ネットの設置条件、そして労働力、これらは補助金に欠けていたも

生存株と枯死株を分けるもの

 生存株と伐採株のいくつかのパラメータから枯死に至る株の特徴を統計的に推定しました。その結果,枯死株は多くの萌芽枝をもち,その長さは短く,その傾向はコナラから現れやすく1年を経過した株に現れてくることがわかりました。すなわち,獣害対策の実施時期は「伐採後速やかに」ではなく,萌芽が短くなりはじめた頃,1年近く経った頃まで緩和できるといえそうです。少なくとも伐採から1年の間にネットを張ることで補助金の交付が受けられるのであればもう少し多くの農家さんが獣害対策に取り組んでくれるのではないでしょうか?こうした期待をこめて研究成果を対馬市に還元いたしました。

◆詳細に示した文献

淺野悟史(2015)対馬市における原木椎茸をめぐる環境生態研究,平成26年度インターン・学術研究等要旨集『対馬で学ぶ 対馬を学ぶ』,93-94.淺野悟史・西前 出(2017)ブナ科落葉樹の萌芽更新に対するシカ食害の影響評価ーシイタケ原木林の適切な獣害対策に向けて,環境情報科学 学術論文集31,293-298.

淺野悟史 著(2022)『地域の〈環境ものさし〉 生物多様性保全の新しいツール』昭和堂.

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​持続可能な原木シイタケ生産のための基礎調査

A地区
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図 伐採後のシイタケ原木林

補助金
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図 アベマキの生存株

生存株と枯死株

​シイタケ生産は林業と農業の間をゆくようなユニークな産業です。上では原木林について書きましたが,シイタケが実際に収穫される場所はほだ場と呼ばれ,スギ林などのやや暗い場所が選ばれます。ここにシイタケのとりごろを迎えたほだ木が並べられます。ここは生産物そのものをシカなどから守るため,早くから獣害対策が施されてきました。そのため,獣害対策の行われていない林床では見られなくなった希少な植物がみられます。キエビネは人気の高いランの仲間ですが,シカが自由に出入りできる場所からは姿を消しています。人家の庭やシイタケほだ場に残っている程度です。ヌスビトハギも,これまでの調査で見られたのはシイタケほだ場と,シカが侵入していないごく限られた海岸林だけでした。このヌスビトハギを利用するチョウがいます。ツシマウラボシシジミという小さなチョウで,日本では対馬からのみ知られていました。しかし現在,野生下では絶滅したと考えられています。実はこのチョウのおもな生息地が林内の木漏れ日があたるような場所でした。そんな環境に生えるヌスビトハギに依存していると考えられています。また,過去に対馬を訪れたチョウ愛好家はこのチョウに確実に会える場所としてシイタケほだ場を挙げていました。シイタケほだ場は木漏れ日のあたる薄暗い林内の環境を提供していたようです。シカの増加に伴い林内のヌスビトハギが食害にあったことで大きく数を減らしたと考えられます。ミズイロオナガシジミも対馬ものは固有亜種とされ,貴重な存在です。このチョウはブナ科の木本を利用し,シイタケ原木となるコナラやアベマキをよく利用します。ブナ科落葉樹林が維持されることでミズイロオナガシジミの発生も期待されます。甲虫ではモンクロベニカミキリがシイタケ原木林の伐採地を利用します。伐採されたばかりの枝はモンクロベニの産卵場所になり,萌芽枝のやわらかい葉は成虫の食べ物になります。2014年には対馬のモンクロベニカミキリが,島を代表する木,ヒトツバタゴの花を好んで訪れることを発見しました。対馬との結びつきの強い生き物として見守っていきたいと思います。シイタケ生産のための原木林やほだ場といった人間が使うことで維持されてきた環境には様々な生きものが暮らしています。

◆初出文献

淺野悟史(2014)対馬におけるモンクロベニカミキリの訪花植物,月刊むし,522,56-57

コラム シイタケ生産と希少動植物

コラム1
写真1-15 モンクロベニカミキリ.JPG

図 モンクロベニカミキリ

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